遠くから増上寺三解脱門

浄土宗寺院の撮影の旅 芝増上寺

 浄土宗寺院に焦点を合わせて撮影をしていく旅が始まりました。実際には、旅ではないですが、長く長く歩いていろいろな浄土宗寺院を撮影していこうという企画です。今回は、東京都 港区にある三緑山広度院増上寺を訪れて撮影をしました。寺格は大本山で、本尊は阿弥陀如来です。関東十八檀林のひとつで筆頭になっていました。

増上寺三解脱門を入る

 僕は一眼レフカメラを持って歩いて撮影をするまで、寺院にいくことはほとんどなく、そして増上寺のことを知りませんでした。外に出て撮影するまで、寺院だけでなくいろいろな場所やその場所の歴史など目に見えるすべてのことを僕は知りませんでした。

増上寺 三解脱門

初めて訪れたときの感動が大きかった増上寺

 今回、増上寺を訪れたのは、初めて訪れたときの感動が僕にとって大きな寺院であったからです。本堂のうしろには東京タワーがそびえ立っており、いい共演を見ることができます。僕は幼いとき、父と東京タワーに来た記憶があるのですが、増上寺に来た記憶がないのですが、もしかしたら父に手を引かれ来ていたのかもしれません。

増上寺と東京タワー

 増上寺は、元は真言宗光明寺として千代田区麹町辺りに建立(こんりゅう)された寺院のようで、室町時代に真言密教を学んでいた聖聡(しょうそう)がのちに浄土宗へ開宗し、光明寺を増上寺と名を変え浄土宗寺院にしました。

 実は真言宗の影響を受けていると思われる話があります。増上寺9世道誉上人と増上寺36世祐天上人が、成田山新勝寺で21日の断食をして、真言宗寺院でよくお目にかかる不動明王によって、喉に剣を差し込まれて、智慧(ちえ)を授かり、立派な僧になったという話です。道誉上人は高座に登って説法する際に言葉に詰まって、高座から転げて落ちる失敗をし、一方祐天上人は経文が覚えられず増上寺を破門にされてしまう。どちらも挫折を味わうが修行を行い立派になっていくのです。

増上寺から見た外の世界

 増上寺は徳川家の菩提寺となっています。徳川家康は、豊臣秀吉に何もない江戸へ飛ばされてしまいます。秀吉家康の野心を恐れていて力の発揮できないところへ行かせたようです。そのようなときに、徳川家の元々の菩提寺と同じ浄土宗増上寺を見つけ、江戸のおける菩提寺になったようです。

増上寺 魚河岸講

法然共生の増上寺

 本堂の近くまで来ると、左側に幼い頃の法然の像がありました。南無阿弥陀仏とご挨拶をして撮影させていただきました。幼い頃の法然の像は、浄土宗の寺院いくと見かけたりします。法然9歳のときに、お父さまを殺害され、仇討ちをするなとお父さまに言われ、出家して比叡山へゆきます。その話を聞いてすごいなぁという感想しか出ませんでした。僕は法然の像をみつけるとうれしくなります。

法然上人

 本堂の前に戻って、増上寺の本堂を撮影しました。今の本堂はもちろん江戸時代の頃の本堂ではありませんが、屋根の金色の角のようなところは昔と同じ形です。そういえば、板橋区赤塚にある赤塚山慶学院乗蓮寺の本堂にも屋根に金色の角のようなあったのを思い出しました。この乗蓮寺葵の家紋がたくさん掲げられています。

増上寺 本堂

 本堂の右側を行くと安国殿があります。ここには78センチの高さの秘仏黒本尊阿弥陀如来が安置されています。江戸時代は本堂の裏に安置されていたようです。元々安国殿は家康を祀る廟を指していました。家康の法名、一品大相国安国院殿徳蓮社崇誉道大居士の安国院から称されたようです。明治初期の神仏分離令で、増上寺から分かれて芝東照宮となりました。昔は芝東照宮安国殿だったようです。

増上寺 安国殿

芝東照宮 鳥居

芝東照宮 本殿

徳川将軍家菩提寺の増上寺

 増上寺徳川将軍家の菩提寺なので、かつては立派な霊廟がありましたが、第二次世界大戦の空襲でほとんどが燃えてしまいました。また、徳川将軍家の菩提寺は、上野寛永寺にもあり、将軍がなくなると増上寺と交互に弔いました。今回は、せっかくなので徳川将軍家墓所を見てみることにしました。

旧増上寺御霊屋

明治期の増上寺御霊屋図

 徳川将軍家墓所に入ると、たくさんの宝塔が並んでいました。ガイドのおじいさんがおり説明を聞くことにしました。この場所は撮影禁止でなく撮影できたのはうれしかったです。ガイドのおじいさんが、増上寺の元々の寺領は25万坪であること、墓所はひとつひとつが広い場所に置かれ、現在の場所はかなり狭い場所に集めていること、徳川家康増上寺の出会いなど説明していただきました。一番印象的だったのは、二代将軍秀忠が木造の宝塔が空襲で燃えてしまったので、のちに妻お江の方の宝塔に一緒に納められたことでした。江戸時代には夫婦別々の宝塔に入ることが普通だったようです。

徳川秀忠 お江の方 宝塔

 元々霊廟があった土地は、昭和33年に西武鉄道ホテルに買収され東京プリンスホテルが建てられました。その土地にあった徳川家の建築物や付属物は、20年近く晒し状態にされてしまっていたようです。徳川家は戦後にはもう財力もなくなってしまっていたので、歴史的に価値のあったものを守ることはできなくなっていたようです。

増上寺 鋳抜門

まとめの増上寺

 増上寺には、今回の撮影以外でも何度も訪れて撮影をしていますが、何度訪れても新しい発見をします。浄土宗の寺院ですから、やはり阿弥陀如来がいる西方という方位に合わせて本堂が建てられています。阿弥陀様の本願力を信じることで救われるということですが、僕が思うに、いろいろ考えてしまい前に進められないなら、阿弥陀如来に任せてしまい、自分が出来ることを少しでもいいから前に進められるのではないかと思いました。

増上寺 大門

2015年4月に増上寺宝物展示室とういうものが出来たようなので、次回訪問したときに見たいなと思っています。台徳院霊廟模型が常設展示しているようで、二代将軍秀忠の御霊屋を模型で再現しているようです。

増上寺 宝物展示室

 今回は、増上寺を訪れて撮影をし、阿弥陀様にご挨拶でき充実した時間を過ごしました。次回も浄土宗寺院を訪れて、いい写真を撮りたいと思います。浄土宗寺院のリラックスできる雰囲気を撮影できればなと思います。

 

増上寺

 

スポンサードリンク

マクロレンズの代わりにクローズアップレンズを使ってみた
秋川渓谷の紅葉撮影に行ってみた

コメントを残す

メールアドレスは公開されませんのでご安心ください。
* が付いている欄は必須項目です。必ずご記入をお願いします。

CAPTCHA