高円寺 山門

杉並高円寺の寺町をゆく 前編

 今回は、東京都杉並区の高円寺を中心とした寺町を歩いて撮影してみました。まず、高円寺はJR東日本の駅名にもなっています。関東だと僕が知っているだけで、JR私鉄合わせて18駅に寺院の名または同等の名がついています。高円寺は今回訪れているので、神奈川県横浜市の妙蓮寺と弘明寺、東京都日野市の高幡不動の金剛寺を訪れると全制覇できます。

 高円寺駅から徒歩できる圏内には、28寺院あります。どの寺院も宗派問わずすばらしいと思いますが、僕が訪れてみたい寺院を選んで歩いてみました。天気が曇りだったので寺院を撮影するのに少し残念でしたがいい写真が撮れればと思いました。

以前訪れた宝仙寺の僧侶が創建した長仙寺

 JR 高円寺駅南口から歩いて、高円寺パル商店街を通って途中で、左手にザ・ダイソー100円SHOPが見えたら、右折する道を歩いて少しすると右手に日王山阿遮院長仙寺が見えます。真言宗豊山派の寺院で、中野にある宝仙寺の僧侶真秀が創建した寺院です。宝仙寺については、以前の記事、中野から西新宿へ歩くと世界が変わるでお話させてもらっています。

 いつも思うのですが、真言宗の寺院は建物の色が鮮やかに綺麗なところが多いです。今回は長仙寺の山門が赤と緑の配色でとてもいい感じでした。確か、以前訪れた中野の宝仙寺もおなじく綺麗に色が鮮やかな寺院でした。高円寺駅から近い場所にあり、むしろ長仙寺駅と名付けられてもよいロケーションにありました。

長仙寺 山門
長仙寺 山門

長仙寺 石像
神仏分離のときに壊されてしまったのか、それとも倒れて壊れてしまったのか

長仙寺 本堂
長仙寺 本堂

長仙寺

 

徳川家光との関わりと駅の名になる高円寺

 さあ、つぎは長仙寺から東へ向かって宿鳳山高円寺を訪れました。曹洞宗の寺院で。以前の記事、中野から西新宿へ歩くと世界が変わるに書いた成願寺の建室宗正が開山した寺院です。徳川家光が鷹狩りの後に茶室で休息をした場所になっています。昔小沢村と呼ばれていた村を、家光が幾度も通っていたので高円寺村と呼び名を自然と変えさせたようです。僕は、高円寺が駅名になっていたのでとても気になっていた寺院でした。

 参道から山門を歩いて、寺領が道路で分割されていてもしかしたら元々の寺領は狭くなっているのかと考えながら、本堂まで歩いてきましたが、残念ながら今回は工事中で寺院の外観が見ることができませんでした。近くにある氷川神社の別当寺だったようなので、寺領が近くまでないためやはり寺領がせまくなってるのかと、寺院の寺領の大きさばかり気にしてしまいました。いつ工事が終わるとわかりませんが、次回また訪れて本堂を参拝したいと思います。

高円寺 山門
高円寺 山門

高円寺 本堂工事中
高円寺 本堂工事中

高円寺 本堂工事中
高円寺 本堂工事中

東京都杉並区高円寺南4-18-11

 

足早に曹洞宗寺院を訪れてみる

 つぎは高円寺から南下していくと、寺院が集まってる地域に着きました。少し台東区谷中の寺町の似た感じがする地域です。8寺院ありましたが、曹洞宗の5寺院を訪れてみました。どの寺院もいろいろな理由でこの地に移転してきたようです。曹洞宗は個人的にはどこかいい意味で、身の引き締まる緊張感があって好きな寺院が多いのです。以前の記事で書いた、必然の縁で出会った徳雲禅院も宗派は違い臨済宗ですが、曹洞宗と同じ禅の寺院で、現住職のお父様がもともとは曹洞宗の和尚さんで、禅の意義や大切さを説いた文章を読んで、坐禅というのはそういうものなのかと思ったのを思い出します。またあきる野市の徳雲禅院を訪れて住職とお話ししたいなと思っています。

 最初に訪れたのは、駒込吉祥寺の松栖用鶴大和尚が開山した瑞祥山鳳林寺です。吉祥寺というと、駅名を思い出しますが、武蔵野市吉祥寺駅周辺には吉祥寺という寺院はありません。最初は江戸城西の丸にあり、家康が関東へ来た際水道橋駅ちかくの東京都立工芸高等学校付近に移転し、明暦の大火で現在の駒込に移ったようです。その時門前に住んでいた人たちが、武蔵野台地へ移住し、吉祥寺に愛着を持ち吉祥寺村と名付けたことで吉祥寺の地名がついています。

 さて、鳳林寺の話に戻しますと東京牛込から大正3年に移転してきたようです。大きな寺院ではありませんが、歴史の重みを感じる寺院でした。心の中で南無釈迦牟尼仏と唱えました。いつも気になるのですが、不許葷酒入山門が吉祥寺と同様の石碑がありました。においの強いものやお酒を持って山門をくぐることを許さないという意味です。確かに坐禅修行に邪魔になるものだなといつも思います。

鳳林寺 山門
鳳林寺 山門

杉並区高円寺南2-39-1

 

 つぎは、日蓮宗の長善寺を通り過ぎ、杉並第八小学校の横を通って、万寿山松応寺に着きました。こちらの寺院は、浅草八軒寺町から大正7年にこちらへ移転してきました。浅草八軒寺町は現在の台東区寿2丁目あたりで、今も寺院がありますが昔はもっと寺院がひしめき合ってた場所のようです。昭和20年の東京大空襲ですべてを消失して、本尊の釈迦牟尼仏も消失してしまったようです。聖観音坐像が今は本尊になっています。こちらにも不許葷酒入山門があります。

松応寺 山門松応寺 山門

杉並区高円寺南2-30-1

 

 つぎは松応寺の左隣りの普明山西照寺です。江戸城近くの日比谷に開創し、芝金杉、芝白金台と移り、こちらには明治44年に移転してきたようです。こちらは本尊は釈迦如来坐像ですが、室町時代の末期の阿弥陀如来坐像もあります。僕はちょっと世田谷の九品仏で有名な九品山唯在念佛院浄真寺を思い出しました。こちらの寺院は、本尊が釈迦如来坐像で、9体の阿弥陀如来坐像があります。宗派は浄土宗です。こちらでもお釈迦様と阿弥陀様へ心の中で唱えました。

西照寺 山門西照寺 山門

杉並区高円寺南2-29-3

 

 つぎは来た道を戻り、松応寺を通り過ぎると永昌山宗泰院に着きました。江戸城ちかくの麹町表四番町、現在の千代田区四番町に草庵され、牛込門外の市谷左内町あたりに移り、こちらには明治42年に移転されたようです。現在の地図を見てみますと、航空自衛隊市ヶ谷基地がすぐそばにあり、明治時代は陸軍士官学校があったことから、寺領を買収されての移転のようです。いろいろ寺院の移転の理由をみてると、寺院の意思ではなくいろいろな事情が寺院移転になっています。本尊は釈迦如来坐像です。南無釈迦牟尼仏

宗泰院 山門
宗泰院 山門

杉並区高円寺南2-31-5

 

 最後に右隣りの富聚山長龍寺です。この日お葬式を行っていたため、訪問と撮影を遠慮しました。先ほどの宗泰院の開創と同じ地域に開創し、そのあとも同じ市谷左内町移り、同じ理由で明治42年にこの地に移転されたのかなと思いました。本尊はお釈迦様なので南無釈迦牟尼仏と心の中でお唱えしました。

杉並区高円寺南2-31-28

 

中に入れない寺院と昔道が気になる寺院を訪れる

 さらに南下して青梅街道を横断して、環状七号線のそばにある天台真盛宗天羅山養善院真盛寺に着きました。湯島天神前に開創された寺院で、谷中に移り、寛永寺拡張でその後墨田区横川、そして大正11年にこちらへ移転したようです。この寺院は檀家以外の方は入れないようなので、この寺院に仏縁があるかたのブログを読ませていただき、本堂など中の様子を知ることができました。僕も寺院撮影を続けていく上で、いろいろな人に出会う中でこの寺院との仏縁ができるかもしれません。本尊は阿弥陀三尊立像ですので、左脇侍が観音菩薩様、右脇侍が勢至菩薩様で中央に阿弥陀如来様の並びかと思います。

 宗祖真盛上人の名が寺院の名前になっており、今回真盛上人のことを初めて知りました。社会の秩序を正し、世人に安心立命を与えるには、弥陀本願の念仏以外ないと悟られた人のようです。僕の家の菩提寺は浄土真宗、僕個人よく行く寺院は浄土宗です。南無阿弥陀仏の念仏を唱えることは同じですが、宗派によって解釈が少し違います。ここでも僕は同じ阿弥陀様なので宗派問わず、南無阿弥陀仏とお唱えします。

真盛寺
真盛寺 石碑

杉並区梅里1-1-1

 

 少しだけ南に歩くと、日蓮宗の寺院、報恩山宗延寺に着きました。いつも日蓮宗の南無妙法蓮華経の石碑が印象的です。よくこんな風に筆の書体を石に掘れるなと思います。宗延寺の寺院の名は、人の名前で小田原城下にあった郷士、報新宗延の居宅道場に開創し、開基した日俒上人が本尊の祖師像を背負い江戸の下谷車坂に寺領を賜って、寺院を置きました。江戸中期には塔頭5坊をおく大寺だったということです。明治維新後火事に遭い、大正8年に区画整理のためこちらに移転したそうです。明治維新後火事にあうとは、神仏分離令のせいで火事になったのかと想像してしまいます。明治時代に入ると、火事が起こり廃寺になってしまう寺院の話をよく聞きます。寺領は小さくなってしまったかと思いますが、本堂は立派だと感じました。

宗延寺 本堂
宗延寺 本堂

杉並区堀ノ内3-52-19

 

 先ほどの真盛寺と宗延寺の参道が、とても不自然な角度で、環状七号線に接しているので、もしや昔道にはだいたい垂直に接しているのではと、キョロキョロ周りを見るとそれらしい道を見つけました。杉並区の古地図と確認して下記の地図を作って見ました。

真盛寺 宗延寺 周辺地図

 昔は環状七号線は存在しなかったので、赤いラインの道なりになっていたようです。そこへ青いラインの参道が交わっていたかと想像できます。宗延寺の現在の門は、本堂の正面にありません。僕の想像ですが、昔は本堂前から参道があり赤いラインの道なりに繋がっていたかと思いました。

 ひとつひとつの寺院に思いがあり記事が長くなってるので、後編に続きます。後編の記事のほうも読んでいただければと思います。

 

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杉並高円寺の寺町をゆく 後編

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