日光東照宮

神になった家康がいる日光東照宮を訪れてみた

 夏の暑さはすっかりなくなり、雨が多く天気の悪い日が続きましたが、ようやく天気の良い日が訪れ、今回徳川家康が祀られている日光東照宮を訪れて撮影をしてきました。実は前週に家康とゆかりのある浄土宗の芝増上寺を訪れ撮影してきました。こちらは、また後で記事を書きたいと思います。浄土宗を信仰していた家康が、最後なぜ神になってしまったのか感じてみたいと思い訪れました。

神仏分離令で複雑な構造になった日光山

 元々、奈良時代に二荒山神社と輪王寺は創建され、あとで江戸時代に天台宗の天海により東照宮を設けられ日光山とひとまとまりで呼ばれていたが、明治政府の神仏分離令で、二社一寺に分離されてしまいます。実際、訪れてみるとある場所は寺院、ある場所は神社で、手を叩いて参拝と手を叩かないで参拝を考えながら行わないといけないような複雑さになっていました。神仏習合時は、天台宗の輪王寺がすべてを管理していたように思われます。個人的には、明治政府は面倒くさいことをしてくれたなと思っています。この記事では、僕はここからは二荒山神社、日光東照宮と輪王寺をまとめて日光山と呼んでいきます。

神橋から日光の社寺を訪れてみる

 目的地に到着してまずは神橋(しんきょう)に着きました。この橋は、二荒山神社の所有のようです。が、日光山へ向かう時に渡っていた橋です。現在は、この橋を渡って向かうようになっていません。大谷川(だいやがわ)は、流れが急なところが多いですが、水が非常に綺麗で水色に見えます。表現が上手くないですが、鉄道模型のジオラマにあるような川の色です。

神橋
大谷川が流れる神橋

神橋

 

日光の社寺
参道入り口にある日光の社寺

 ほかの観光客はすぐに輪王寺三仏殿のほうへ向かっていましたが、僕は日光開山の祖、勝道上人が建立した四本竜寺のほうへ向かいました。日光発祥の地と言われている場所のようです。現在は観音堂と三重塔があります。石の感じが時代を感じさせてくれます。日光山の中では、一番雰囲気があって好きな場所でした。

本宮神社鳥居
四本龍寺に行く途中にある本宮神社の鳥居

四本龍寺 紫雲石と観音堂
四本龍寺の紫雲石と観音堂

四本龍寺 三重塔
四本龍寺の三重塔

四本竜寺

 

輪王寺の三仏堂へ向かう

 四本龍寺を後にして、次は輪王寺の三仏堂へ向かいました。三仏堂は輪王寺の本堂にあたり、千手観音、阿弥陀如来、馬頭観音がご本尊としてお祀りされています。ちょうど訪れた時は、約50年ぶりの大修理で、大きなプレハブなような建物で覆われていました。そのような状態の中、千手観音と分解されてる阿弥陀如来を拝観できました。馬頭観音はその場になくどこかに送られ修理されているようでした。生まれ年で仏様が決まっており僕は子年なので、千手観音菩薩が守護仏でした。お願い事ができるようでしたが、特になかったので一眼レフの撮影を続けていく決意のようなものをお伝えしました。

輪王寺 黒門
輪王寺の黒門

 輪王寺の三仏堂の大修理は平成30年度に完了するようですが、その前にもまた訪問して参拝したいと思います。三仏堂を出て裏手のほうへいってみると、大護摩堂がありました。護摩祈願が出来るようで、五大明王が祀られています。ここは外観のみだったので見てはいないのですが、中禅寺の五大明王と同じく、不動明王、降三世明王、軍荼利明王、大威徳明王、金剛夜叉明王が祀られているのかと思います。天台宗の寺院ですが、真言宗とおなじ東密の五大明王になっているようです。天台宗は真言宗と同じく密教を取り入れていますが、真言宗のサンスクリット語の真言を唱えるようなことがありませんでした。

輪王寺 大護摩堂
輪王寺 大護摩堂

日光山輪王寺

 

ついに神になった家康がいる日光東照宮を訪れる

 今回のメインイベントになる日光東照宮に着きました。時間もお昼近い時刻になり人がたくさん訪れていました。残念ながら陽明門は三仏堂につづいて工事中になっていましたが、色あせがあったものの各建物の豪華さには驚かされました。かつて増上寺の廟所も同じように豪華ということだったので、このような感じであったのだろうかと想像しながら、一眼レフカメラのシャッターを切っていました。

 唐門、拝殿、本殿とこの周りはすごい人だかりで、撮影するのには苦慮しました。土曜日でしたので次回は人がすくなそうなときに来て、ゆっくりと拝見したいと思います。最後、本地堂または薬師堂と呼ばれている場所に入りました。薬師如来が祀られている場所になります。東照宮という神社なのに、薬師堂があるのは不思議な感覚でした。明治時代に神仏分離令が出され、寺院と神社は分けられましたがそれ以前の神仏習合のなごりのような場所でした。神社の中に寺院があるのです。その他、輪蔵、鐘楼や鼓楼も寺院にあるような建物も神社にありました。全体的に素敵な建物ばかりでしたが、気に入ったところを少し写真を載せておきます。

日光東照宮 表門
日光東照宮 表門

日光東照宮 中神庫
日光東照宮 中神庫

見猿言わ猿聞か猿

神厩 見猿言わ猿聞か猿

rinzo
日光東照宮 輪蔵

日光東照宮 鐘楼
日光東照宮 鐘楼

日光東照宮

 

二荒山神社に寄って、家光廟大猷院へゆく

 もっと東照宮にいて撮影をしたかったのですが、次は二荒山神社へ寄って家光廟大猷院(だいゆういん)に向かうことにしました。怒られそうですが、寺院写真ばかり撮る僕は神社はあまり興味がありません。輪王寺の本堂は神仏分離の前は、かつて二荒山神社の社領のなかにあったようです。二荒山神社の敷地を歩いて雰囲気だけを感じる取ることにしました。やはり天台宗が神仏習合した形でずっと信仰していたものを無理に神と仏に無理に分けてしまったのは、現在になってもなかなか理解しにくいものがあります。

二荒山神社 楼門
二荒山神社 楼門

二荒山神社 鳥居
二荒山神社 鳥居

日光二荒山神社

 

 二荒山神社の鳥居を出て、常行堂と法華堂を通り抜けると家光廟大猷院の仁王門前に来ました。ここは輪王寺なので寺院なのです。家康のいる東照宮とここ大猷院の建物は大きく変わることがありません。ただ少し東照宮は神社の要素のある建物があるかなと思うくらいです。どうしても増上寺の廟所も同じようなつくりの建物があったのかなとここでも思うことが多かったです。

大猷院 仁王門
大猷院仁王門

 さて、残念なことに家光廟大猷院でも二天門が工事中で見ることが出来ませんでした。三仏堂、陽明門に続いて見れないですが、次回また日光山を訪れる理由になるので楽しみにしておこうと思います。二天門を通り抜け階段をどんどん登っていくと、左右に鐘楼と鼓楼が見え、正面に夜叉門が見えてきました。僕は鐘楼と鼓楼のこの建物の色の配色や末広がりのような形が結構好きです。

大猷院 鐘楼
大猷院鐘楼

大猷院 鼓楼
大猷院鼓楼

大猷院 夜叉門
大猷院夜叉門

 家康の東照宮よりは派手さが抑えられているようですが、それでも大猷院は十分豪華です。最後、唐門と拝殿の建物の場所に来ました。僕はどちらかというと、僕の出身地の仙台の大名、伊達政宗を非常に尊敬していた家光のほうに親しみがあり、大猷院のほうが楽しめた感じがします。そのほか、裏葵の家紋の灯篭があり、家光の霊廟の皇嘉門も見ることができました。家光廟所は350年間で初めて公開されたようだが、次はいつ公開されるのか楽しみにしています。

大猷院 拝殿
大猷院拝殿

裏葵の家紋
裏葵の家紋がある灯篭

大猷院 皇嘉門
大猷院皇嘉門

日光山輪王寺大猷院

 

日光山は必ずまた訪れたくなる場所だった

 今回は修復中の三仏堂、陽明門、二天門が見れなかったので、修復後また来てみたいとおもいました。また、細かくじっくり見れてない部分もたくさんあり、伊達政宗が送ったポルトガルの鉄を使った灯篭はどこにあったのかも見つけられませんでした。常行堂の阿弥陀さまに南無阿弥陀仏とお唱えすることもできませんでした。さらに、常行堂と法華堂の間の道をゆくと、天海僧正の墓所がある慈眼堂があるのだが、現在は一般に公開されていないようですが、一回参拝してみたいと思っています。一回訪れただけでは日光山のことをすべてわからないので、ぜひまた訪れたいと思います。それと千手観音さまに千のお願いごとをできるように、一生懸命にお願いごとを考えたいと思います。

常行堂
常行堂

法華堂
法華堂

慈眼堂へ続く道常行堂と法華堂の間にある慈眼堂へ続く苔のみち

日光慈眼堂

 

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